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今夜、すベてのバーで (講談社文庫)
今夜、すベてのバーで (講談社文庫) (JUGEMレビュー »)
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アルコール中毒と診断された小島容の入院から退院までの話。
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とにかく、一読されたい。
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「なんら」に関する一考察
時代は変わる
時代は変わる

今さら感が強いが「なんら…である」という言葉遣いが流行っているらしい。ある集団の中では、もう実質的用途であると考えて差し支えないであろうこの副詞。きっとそんな彼らも「全然」を、「全然…である」と使うことが誤用であると思ってやまない気がしないでもない。

「なんら」は否定の言葉と呼応する副詞である。

なんら

とはいえ、僕は特にこの用途に疑問を投げかけようとしているのではない。率直に言うと大変興味深い。
というのは、この集団の中ではこの「なんら」という言葉はgrammaticallyにはunreasonableでもcontextuallyにはreasonableである状態だからだ。
いずれ口語化が進み、この用法も一般化されていくだろう。言葉を扱う彼らの動きが一つのセンセーションを投げかけるかもしれない。

この状態はなんら悲劇に値しない。

言葉は、変化する宿命にある。
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